イエス・キリストに関する聖書の言葉

イエスは聖書全体の中心です——言が肉となった方、屠られた小羊、死の鍵を握る復活の主です。この方のうちに、神の満ちあふれる豊かさがことごとく宿り、この方によって、わたしたちは御父と和解させられました。これらの御言葉は、その御人格、十字架、復活、そしてこの方のうちにのみ見いだされる新しいいのちをたどります。

キリストの位格

受肉 — ヨハネ 1:14

そして言は肉体となり、わたしたちのうちに宿った。わたしたちはその栄光を見た。それは父のひとり子としての栄光であって、めぐみとまこととに満ちていた。

完全な神であり完全な人 — コロサイ 2:9

キリストにこそ、満ちみちているいっさいの神の徳が、かたちをとって宿っており、

ことば — ヨハネ 1:1

初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。

インマヌエル — マタイ 1:23

「見よ、おとめがみごもって男の子を産むであろう。その名はインマヌエルと呼ばれるであろう」。これは、「神われらと共にいます」という意味である。

神の御子 — ヨハネ 20:31

しかし、これらのことを書いたのは、あなたがたがイエスは神の子キリストであると信じるためであり、また、そう信じて、イエスの名によって命を得るためである。

神のかたち — コロサイ 1:15

御子は、見えない神のかたちであって、すべての造られたものに先だって生れたかたである。

すべての造られたものより先に生まれた方 — コロサイ 1:16

万物は、天にあるものも地にあるものも、見えるものも見えないものも、位も主権も、支配も権威も、みな御子にあって造られたからである。これらいっさいのものは、御子によって造られ、御子のために造られたのである。

神の栄光の輝き — ヘブル 1:3

御子は神の栄光の輝きであり、神の本質の真の姿であって、その力ある言葉をもって万物を保っておられる。そして罪のきよめのわざをなし終えてから、いと高き所にいます大能者の右に、座につかれたのである。

いのちのパン — ヨハネ 6:35

イエスは彼らに言われた、「わたしが命のパンである。わたしに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決してかわくことがない。

世の光 — ヨハネ 8:12

イエスは、また人々に語ってこう言われた、「わたしは世の光である。わたしに従って来る者は、やみのうちを歩くことがなく、命の光をもつであろう」。

アルファとオメガ — 黙示録 22:13

わたしはアルパであり、オメガである。最初の者であり、最後の者である。初めであり、終りである。

いのちの創始者 — 使徒 3:15

いのちの君を殺してしまった。しかし、神はこのイエスを死人の中から、よみがえらせた。わたしたちは、その事の証人である。

道であり真理でありいのち — ヨハネ 14:6

イエスは彼に言われた、「わたしは道であり、真理であり、命である。だれでもわたしによらないでは、父のみもとに行くことはできない。

十字架と贖罪

十字架 — コリント第一 1:18

十字架の言は、滅び行く者には愚かであるが、救にあずかるわたしたちには、神の力である。

キリストの血 — ペテロ第一 1:18-19

あなたがたのよく知っているとおり、あなたがたが先祖伝来の空疎な生活からあがない出されたのは、銀や金のような朽ちる物によったのではなく、 きずも、しみもない小羊のようなキリストの尊い血によったのである。

神の子羊 — ヨハネ 1:29

その翌日、ヨハネはイエスが自分の方にこられるのを見て言った、「見よ、世の罪を取り除く神の小羊。

いけにえ — ヘブル 9:14

永遠の聖霊によって、ご自身を傷なき者として神にささげられたキリストの血は、なおさら、わたしたちの良心をきよめて死んだわざを取り除き、生ける神に仕える者としないであろうか。

贖い — エペソ 1:7

わたしたちは、御子にあって、神の豊かな恵みのゆえに、その血によるあがない、すなわち、罪過のゆるしを受けたのである。

完了した — ヨハネ 19:30

すると、イエスはそのぶどう酒を受けて、「すべてが終った」と言われ、首をたれて息をひきとられた。

私たちの罪を負われた方 — イザヤ書 53:5

しかし彼はわれわれのとがのために傷つけられ、われわれの不義のために砕かれたのだ。彼はみずから懲しめをうけて、われわれに平安を与え、その打たれた傷によって、われわれはいやされたのだ。

苦しむしもべ — イザヤ書 53:3

彼は侮られて人に捨てられ、悲しみの人で、病を知っていた。また顔をおおって忌みきらわれる者のように、彼は侮られた。われわれも彼を尊ばなかった。

和解 — コリント第二 5:18

しかし、すべてこれらの事は、神から出ている。神はキリストによって、わたしたちをご自分に和解させ、かつ和解の務をわたしたちに授けて下さった。

取り除かれた怒り — ローマ 3:25

神はこのキリストを立てて、その血による、信仰をもって受くべきあがないの供え物とされた。それは神の義を示すためであった。すなわち、今までに犯された罪を、神は忍耐をもって見のがしておられたが、

私たちのために十字架につけられた方 — ガラテヤ 2:20

生きているのは、もはや、わたしではない。キリストが、わたしのうちに生きておられるのである。しかし、わたしがいま肉にあって生きているのは、わたしを愛し、わたしのためにご自身をささげられた神の御子を信じる信仰によって、生きているのである。

取り除かれたのろい — ガラテヤ 3:13

キリストは、わたしたちのためにのろいとなって、わたしたちを律法ののろいからあがない出して下さった。聖書に、「木にかけられる者は、すべてのろわれる」と書いてある。

復活と死に対する勝利

復活 — コリント第一 15:20

しかし事実、キリストは眠っている者の初穂として、死人の中からよみがえったのである。

空の墓 — ルカ 24:6

そのかたは、ここにはおられない。よみがえられたのだ。まだガリラヤにおられたとき、あなたがたにお話しになったことを思い出しなさい。

死に対する勝利 — コリント第一 15:55

「死は勝利にのまれてしまった。死よ、おまえの勝利は、どこにあるのか。死よ、おまえのとげは、どこにあるのか」。

キリストとともによみがえる — コロサイ 3:1

このように、あなたがたはキリストと共によみがえらされたのだから、上にあるものを求めなさい。そこではキリストが神の右に座しておられるのである。

打ち破られた死 — テモテ第二 1:10

そして今や、わたしたちの救主キリスト・イエスの出現によって明らかにされた恵みによるのである。キリストは死を滅ぼし、福音によっていのちと不死とを明らかに示されたのである。

主は生きておられる — 黙示録 1:18

また、生きている者である。わたしは死んだことはあるが、見よ、世々限りなく生きている者である。そして、死と黄泉とのかぎを持っている。

初穂 — コリント第一 15:23

ただ、各自はそれぞれの順序に従わねばならない。最初はキリスト、次に、主の来臨に際してキリストに属する者たち、

その復活の力 — ピリピ 3:10

すなわち、キリストとその復活の力とを知り、その苦難にあずかって、その死のさまとひとしくなり、

新しいいのちによみがえる — ローマ 6:4

すなわち、わたしたちは、その死にあずかるバプテスマによって、彼と共に葬られたのである。それは、キリストが父の栄光によって、死人の中からよみがえらされたように、わたしたちもまた、新しいいのちに生きるためである。

主が生きておられるゆえに — ヨハネ 14:19

もうしばらくしたら、世はもはやわたしを見なくなるだろう。しかし、あなたがたはわたしを見る。わたしが生きるので、あなたがたも生きるからである。

よみがえりであり、いのち — ヨハネ 11:25

イエスは彼女に言われた、「わたしはよみがえりであり、命である。わたしを信じる者は、たとい死んでも生きる。

羊飼い・祭司・王なるキリスト

良い羊飼い — ヨハネ 10:11

わたしはよい羊飼である。よい羊飼は、羊のために命を捨てる。

私たちの大祭司 — ヘブル 4:14

さて、わたしたちには、もろもろの天をとおって行かれた大祭司なる神の子イエスがいますのであるから、わたしたちの告白する信仰をかたく守ろうではないか。

王の王 — 黙示録 19:16

その着物にも、そのももにも、「王の王、主の主」という名がしるされていた。

仲介者 — テモテ第一 2:5

神は唯一であり、神と人との間の仲保者もただひとりであって、それは人なるキリスト・イエスである。

キリストの主権 — ピリピ 2:9-11

それゆえに、神は彼を高く引き上げ、すべての名にまさる名を彼に賜わった。 それは、イエスの御名によって、天上のもの、地上のもの、地下のものなど、あらゆるものがひざをかがめ、 また、あらゆる舌が、「イエス・キリストは主である」と告白して、栄光を父なる神に帰するためである。

イエスの御名 — 使徒 4:12

この人による以外に救はない。わたしたちを救いうる名は、これを別にしては、天下のだれにも与えられていないからである」。

私たちの弁護者 — ヨハネ第一 2:1

わたしの子たちよ。これらのことを書きおくるのは、あなたがたが罪を犯さないようになるためである。もし、罪を犯す者があれば、父のみもとには、わたしたちのために助け主、すなわち、義なるイエス・キリストがおられる。

大牧者 — ヘブル 13:20

永遠の契約の血による羊の大牧者、わたしたちの主イエスを、死人の中から引き上げられた平和の神が、

神の右に座しておられる方 — エペソ 1:20

神はその力をキリストのうちに働かせて、彼を死人の中からよみがえらせ、天上においてご自分の右に座せしめ、

とりなすために常に生きておられる方 — ヘブル 7:25

そこでまた、彼は、いつも生きていて彼らのためにとりなしておられるので、彼によって神に来る人々を、いつも救うことができるのである。

礎の親石 — エペソ 2:20

またあなたがたは、使徒たちや預言者たちという土台の上に建てられたものであって、キリスト・イエスご自身が隅のかしら石である。

教会のかしら — コロサイ 1:18

そして自らは、そのからだなる教会のかしらである。彼は初めの者であり、死人の中から最初に生れたかたである。それは、ご自身がすべてのことにおいて第一の者となるためである。

キリストにあるいのちと結合

キリストにあって — コリント第二 5:17

だれでもキリストにあるならば、その人は新しく造られた者である。古いものは過ぎ去った、見よ、すべてが新しくなったのである。

キリストにとどまる — ヨハネ 15:5

わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。もし人がわたしにつながっており、またわたしがその人とつながっておれば、その人は実を豊かに結ぶようになる。わたしから離れては、あなたがたは何一つできないからである。

ぶどうの木と枝 — ヨハネ 15:4

わたしにつながっていなさい。そうすれば、わたしはあなたがたとつながっていよう。枝がぶどうの木につながっていなければ、自分だけでは実を結ぶことができないように、あなたがたもわたしにつながっていなければ実を結ぶことができない。

あなたのうちにおられるキリスト — コロサイ 1:27

神は彼らに、異邦人の受くべきこの奥義が、いかに栄光に富んだものであるかを、知らせようとされたのである。この奥義は、あなたがたのうちにいますキリストであり、栄光の望みである。

イエスに従う — ルカ 9:23

それから、みんなの者に言われた、「だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、日々自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい。

キリストとともに隠されている — コロサイ 3:3

あなたがたはすでに死んだものであって、あなたがたのいのちは、キリストと共に神のうちに隠されているのである。

キリストと一つ — コリント第一 6:17

しかし主につく者は、主と一つの霊になるのである。

実を結ぶ — ヨハネ 15:8

あなたがたが実を豊かに結び、そしてわたしの弟子となるならば、それによって、わたしの父は栄光をお受けになるであろう。

キリストを着る — ローマ 13:14

あなたがたは、主イエス・キリストを着なさい。肉の欲を満たすことに心を向けてはならない。

キリストにあって生きる — エペソ 2:5

罪過によって死んでいたわたしたちを、キリストと共に生かし――あなたがたの救われたのは、恵みによるのである――

わたしの愛にとどまりなさい — ヨハネ 15:9

父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛したのである。わたしの愛のうちにいなさい。

キリストにあって満たされる — コロサイ 2:10

そしてあなたがたは、キリストにあって、それに満たされているのである。彼はすべての支配と権威とのかしらであり、