礎の親石に関する聖書の言葉
礎の親石に関する13の聖句。読んで、思いめぐらし、暗記しましょう。
またあなたがたは、使徒たちや預言者たちという土台の上に建てられたものであって、キリスト・イエスご自身が隅のかしら石である。
聖書にこう書いてある、「見よ、わたしはシオンに、選ばれた尊い石、隅のかしら石を置く。それにより頼む者は、決して、失望に終ることがない」。
家造りらの捨てた石は隅のかしら石となった。
それゆえ、主なる神はこう言われる、「見よ、わたしはシオンに一つの石をすえて基とした。これは試みを経た石、堅くすえた尊い隅の石である。『信ずる者はあわてることはない』。
イエスは彼らに言われた、「あなたがたは、聖書でまだ読んだことがないのか、『家造りらの捨てた石が隅のかしら石になった。これは主がなされたことで、わたしたちの目には不思議に見える』。
このイエスこそは『あなたがた家造りらに捨てられたが、隅のかしら石となった石』なのである。
このキリストにあって、建物全体が組み合わされ、主にある聖なる宮に成長し、 そしてあなたがたも、主にあって共に建てられて、霊なる神のすまいとなるのである。
あなたがたは、この聖書の句を読んだことがないのか。『家造りらの捨てた石が隅のかしら石になった。 これは主がなされたことで、わたしたちの目には不思議に見える』」。
この石は、より頼んでいるあなたがたには尊いものであるが、不信仰な人々には「家造りらの捨てた石で、隅のかしら石となったもの」、
そこで、イエスは彼らを見つめて言われた、「それでは、『家造りらの捨てた石が隅のかしら石になった』と書いてあるのは、どういうことか。
なぜなら、すでにすえられている土台以外のものをすえることは、だれにもできない。そして、この土台はイエス・キリストである。
「見よ、わたしはシオンに、つまずきの石、さまたげの岩を置く。それにより頼む者は、失望に終ることがない」と書いてあるとおりである。
主は、人には捨てられたが、神にとっては選ばれた尊い生ける石である。