罪の赦しに関する聖書の言葉
罪の赦しに関する14の聖句。読んで、思いめぐらし、暗記しましょう。
もし、わたしたちが自分の罪を告白するならば、神は真実で正しいかたであるから、その罪をゆるし、すべての不義からわたしたちをきよめて下さる。
わたしたちは、御子にあって、神の豊かな恵みのゆえに、その血によるあがない、すなわち、罪過のゆるしを受けたのである。
わたしたちは、この御子によってあがない、すなわち、罪のゆるしを受けているのである。
預言者たちもみな、イエスを信じる者はことごとく、その名によって罪のゆるしが受けられると、あかしをしています」。
だれかあなたのように不義をゆるし、その嗣業の残れる者のためにとがを見過ごされる神があろうか。神はいつくしみを喜ばれるので、その怒りをながく保たず、 再びわれわれをあわれみ、われわれの不義を足で踏みつけられる。あなたはわれわれのもろもろの罪を海の深みに投げ入れ、
東が西から遠いように、主はわれらのとがをわれらから遠ざけられる。
主は言われる、さあ、われわれは互に論じよう。たといあなたがたの罪は緋のようであっても、雪のように白くなるのだ。紅のように赤くても、羊の毛のようになるのだ。
あなたがたは、先には罪の中にあり、かつ肉の割礼がないままで死んでいた者であるが、神は、あなたがたをキリストと共に生かし、わたしたちのいっさいの罪をゆるして下さった。 神は、わたしたちを責めて不利におとしいれる証書を、その規定もろともぬり消し、これを取り除いて、十字架につけてしまわれた。
わたしは、彼らの不義をあわれみ、もはや、彼らの罪を思い出すことはしない」。
「不法をゆるされ、罪をおおわれた人たちは、さいわいである。 罪を主に認められない人は、さいわいである」。
そして、その名によって罪のゆるしを得させる悔改めが、エルサレムからはじまって、もろもろの国民に宣べ伝えられる。
そのとががゆるされ、その罪がおおい消される者はさいわいである。
これは、罪のゆるしを得させるようにと、多くの人のために流すわたしの契約の血である。
さらに、「もはや、彼らの罪と彼らの不法とを、思い出すことはしない」と述べている。 これらのことに対するゆるしがある以上、罪のためのささげ物は、もはやあり得ない。