宣教と諸国の民に関する聖書の言葉

神の御心はすべての国々に向けられており、神はその民を、地の果てに至るまで弟子とするために遣わされます。福音は、すべての民、すべての部族、すべての言葉にとっての良い知らせです。これらの御言葉は、失われた者への心と大宣教命令を、燃え立たせます。

大宣教命令 — マタイ 28:19-20

それゆえに、あなたがたは行って、すべての国民を弟子として、父と子と聖霊との名によって、彼らにバプテスマを施し、 あなたがたに命じておいたいっさいのことを守るように教えよ。見よ、わたしは世の終りまで、いつもあなたがたと共にいるのである」。

伝道 — マルコ 16:15

そして彼らに言われた、「全世界に出て行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えよ。

諸国の民 — 詩篇 96:3

もろもろの国の中にその栄光をあらわし、もろもろの民の中にそのくすしきみわざをあらわせ。

収穫 — マタイ 9:37-38

そして弟子たちに言われた、「収穫は多いが、働き人が少ない。 だから、収穫の主に願って、その収穫のために働き人を送り出すようにしてもらいなさい」。

証しすること — 使徒 1:8

ただ、聖霊があなたがたにくだる時、あなたがたは力を受けて、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、さらに地のはてまで、わたしの証人となるであろう」。

行って告げよ — マルコ 5:19

しかし、イエスはお許しにならないで、彼に言われた、「あなたの家族のもとに帰って、主がどんなに大きなことをしてくださったか、またどんなにあわれんでくださったか、それを知らせなさい」。

大胆さ — 使徒 4:29

主よ、いま、彼らの脅迫に目をとめ、僕たちに、思い切って大胆に御言葉を語らせて下さい。

あらゆる部族と言語 — 黙示録 7:9

その後、わたしが見ていると、見よ、あらゆる国民、部族、民族、国語のうちから、数えきれないほどの大ぜいの群衆が、白い衣を身にまとい、しゅろの枝を手に持って、御座と小羊との前に立ち、

うるわしい足 — ローマ 10:15

つかわされなくては、どうして宣べ伝えることがあろうか。「ああ、麗しいかな、良きおとずれを告げる者の足は」と書いてあるとおりである。

どうして聞くことができよう — ローマ 10:14

しかし、信じたことのない者を、どうして呼び求めることがあろうか。聞いたことのない者を、どうして信じることがあろうか。宣べ伝える者がいなくては、どうして聞くことがあろうか。

諸国の民への光 — イザヤ書 49:6

主は言われる、「あなたがわがしもべとなって、ヤコブのもろもろの部族をおこし、イスラエルのうちの残った者を帰らせることは、いとも軽い事である。わたしはあなたを、もろもろの国びとの光となして、わが救を地の果にまでいたらせよう」と。

弁明する用意 — ペテロ第一 3:15

ただ、心の中でキリストを主とあがめなさい。また、あなたがたのうちにある望みについて説明を求める人には、いつでも弁明のできる用意をしていなさい。

収穫のための働き手 — ルカ 10:2

そのとき、彼らに言われた、「収穫は多いが、働き人が少ない。だから、収穫の主に願って、その収穫のために働き人を送り出すようにしてもらいなさい。

愛に動かされて — コリント第二 5:14

なぜなら、キリストの愛がわたしたちに強く迫っているからである。わたしたちはこう考えている。ひとりの人がすべての人のために死んだ以上、すべての人が死んだのである。