キリストのからだに関する聖書の言葉
キリストのからだに関する11の聖句。読んで、思いめぐらし、暗記しましょう。
あなたがたはキリストのからだであり、ひとりびとりはその肢体である。
からだが一つであっても肢体は多くあり、また、からだのすべての肢体が多くあっても、からだは一つであるように、キリストの場合も同様である。
なぜなら、一つのからだにたくさんの肢体があるが、それらの肢体がみな同じ働きをしてはいないように、 わたしたちも数は多いが、キリストにあって一つのからだであり、また各自は互に肢体だからである。
愛にあって真理を語り、あらゆる点において成長し、かしらなるキリストに達するのである。 また、キリストを基として、全身はすべての節々の助けにより、しっかりと組み合わされ結び合わされ、それぞれの部分は分に応じて働き、からだを成長させ、愛のうちに育てられていくのである。
そこで神は御旨のままに、肢体をそれぞれ、からだに備えられたのである。
実際、からだは一つの肢体だけではなく、多くのものからできている。
ところが実際、肢体は多くあるが、からだは一つなのである。 目は手にむかって、「おまえはいらない」とは言えず、また頭は足にむかって、「おまえはいらない」とも言えない。
また、キリストを基として、全身はすべての節々の助けにより、しっかりと組み合わされ結び合わされ、それぞれの部分は分に応じて働き、からだを成長させ、愛のうちに育てられていくのである。
それは、からだの中に分裂がなく、それぞれの肢体が互にいたわり合うためなのである。
このように、わたしたちは与えられた恵みによって、それぞれ異なった賜物を持っているので、もし、それが預言であれば、信仰の程度に応じて預言をし、
そして自らは、そのからだなる教会のかしらである。彼は初めの者であり、死人の中から最初に生れたかたである。それは、ご自身がすべてのことにおいて第一の者となるためである。